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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)2444号 判決

原告

木村静成

被告

村瀬雄治

主文

一  被告は、原告に対し一六七万二、二八三円およびこれに対する昭和四五年一一月七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その六を被告のその余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二六〇万九、九五〇円および昭和四五年一一月七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  昭和四五年一一月七日午前八時三〇分頃、岐阜県岐阜市千石町一丁目一六番地先において、原告が道路を横断中、被告の運転する普通乗用自動車番号岐に四二〇三に衝突され、原告は左脛腓骨骨折、脳挫傷、左膝足関節攣縮症の傷害を負つた。

2  被告は右車両を保有している。

3  本件事故により原告は左の損害を蒙つた。

(一) 原告は昭和四五年一一月七日から同四六年五月一六日まで、および同年八月三一日から九月八日まで入院し、同年五月一八日から同四七年七月二七日までの間に五四回通院した。このため治療費、入院雑費、文書料として計四二万六、四〇八円、付添看護費として三九万九、六二四円、マツサージ代として四万八、〇〇〇円を要した。

(二) 原告は事故当時岐阜北税務署に勤務する税務職員であり、本件事故により事故当日から昭和四六年六月二〇日まで欠勤し、このため同年三月から六月まで賃金を五〇パーセント減額され、同年の勤勉手当は支給されず、定期昇給予定日である同年一〇月一日に昇給しなかつた。翌四七年四月一日には昇給したものの六ケ月の昇給遅延は、原告が慣例に従つて退職する五八歳まで続き回復されることはない。原告は事故当時四等級六号俸(六万八、八〇〇円)で、翌四七年四月一日には四等級七号俸に、その後毎年四月一日に一号俸づつ昇給し、昭和五一年一月一日には四等級一一号俸から三等級七号俸となり、以後毎年四月一日に一号俸づつ昇給し続けるものである。原告と同期の職員の通常の昇給は、昭和四六年一〇月一日に四等級七号俸にその後毎年一〇月一日に一号俸づつ昇給し、昭和五一年一月一日に四等級一二号俸から三等級八号俸となり、以後毎年一〇月一日に一号俸ずつ昇給し続けるものである。そして、右欠勤による賃金および勤勉手当カツト分ならびに昇給遅延による賃金の差額およびこれによる期末手当勤勉手当の差額を、過去の分については毎年改定された給与に応じ将来分については最新の給与額について計算して得た額の現価を算出し、右を全部合計すれば原告の逸失利益は少くとも一〇〇万円を下らない。

(三) 原告は本件事故により精神的苦痛を受けこれを慰藉するには少くとも一〇〇万円を要する。

(四) 原告は弁護士費用として二三万七、二六八円の支払を約した。

4  原告は自賠責保険より五〇万円の支払を受け損害を填補された。

よつて、原告が蒙つた損害三一一万一、三〇〇円から損害の填補を受けた五〇万円を差引いた残額二六一万一、三〇〇円のうち、本訴においては二六〇万九、九五〇円およびこれに対する不法行為の日である昭和四五年一一月七日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告主張の日時場所当事者間で交通事故が発生したことは認めるがその態様は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は争う。

4  同4の事実は認める。

三  抗弁

1  被告は、本件事故現場を制限速度内で走行していたところ、対向車両の背後から突如飛出した原告に衝突したのであり、被告には何らの過失もなく、かつ被告運転の加害車両には構造上の欠陥又は機能の障害がない。

2  仮にそうでなくても、原告は付近に横断歩道があるにも拘らずこれを無視して走行車両の頻繁な車道上に進入し、車両の有無を確かめることなく急に飛び出した重大な過失がある。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  昭和四五年一一月七日午前八時三〇分頃岐阜県岐阜市千石町一丁目一六番地先路上において、原告と被告とが交通事故を起したことは当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第一号証、原告および被告本人尋問の結果によれば、本件事故の態様は、被告運転の普通乗用自動車番号岐五に四二〇三号が道路を横断中の原告に衝突したものである。また、成立に争いのない甲第九号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故により左脛腓骨骨折、脳挫傷、左膝足関節攣縮症の傷害を負つたことが認められる。

二  被告運転の右車両を被告が保有していることは当事者間に争いがない。

三1  成立に争いのない甲第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第三号証の一ないし四、第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし九、第一一号証の一ないし三および第一二号証の一、二によれば、原告は入通院による治療関係費として四二万二、三四〇円を要したことが認められる。(なお、甲第三号証の一および第一一号証の三によれば、昭和四六年二月二三日からの個室料は一日一、二〇〇円、布団代は二月二八日までは一日四九〇円、その後は一日七〇円であると認められるが、右証拠を照合すると二月二三日から同月二八日までの個室料七、二〇〇円および布団代四二〇円が重複していることが明らかであり、また、甲第一一号証の二、三に記載された診断書料と甲第四号証の一ないし四の診断書料とが異るとの証拠はなく、甲第四号証の一ないし四の診断書料計一、九〇〇円は別個の損害として認めることができないので本文のとおり認定した。)原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第六号証、第八号証の一ないし三、成立に争いのない甲第一三号証の一ないし五、第一四号証の一ないし三によれば、看護費用として四〇万四、九一二円を要したことが認められる。また、原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第七号証の一ないし四および成立に争いのない甲第一五号証の一、二によればマツサージ代として四万八、〇〇〇円を要したことが認められる。右合計は八七万五、二五二円である。

2  原告本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第一〇号証の一ないし三、成立に争いのない甲第九号証、第一〇号証の四ないし八および証人岡田治、同亀山孜の各証言によれば、原告は昭和一〇年八月二二日生れであること、事故当時四等級六号俸であつたこと、勤務先である岐阜北税務署を昭和四五年一一月七日から同四六年六月二〇日まで欠勤し、この間同年三月から六月までの給与が半減したこと、出勤当初は四時間勤務の状態が、その後六時間勤務の状態が暫く続き正常な勤務ができるようになつたのは同年一一月一五日頃からであること、税務職員には年一回一〇月一日に定期昇給があり通常は一号俸昇給すること、原告は長期欠勤のため昭和四六年一〇月一日の定期昇給がなされず翌四七年四月一日に昇給したこと、これによる六ケ月間の昇給遅延は現在まで続いており将来も回復することなく続くことが見込まれること、職員は慣例として五七、八歳で退職すること、昭和四六年以降毎年給与改定があり昭和四六年は五月一日から適用されその後給与改定は四月一日から適用されていることが認められる。昭和四六年に原告に対し勤勉手当が支給されなかつたことは、右に認定した原告の同年における勤務状況から容易に推認しうるところである。

したがつて、原告の逸失利益は昭和四六年の減給ならびに勤勉手当の不支給分および昇給遅延による給与ならびに期末手当の差額分となる。

税務職員が、一般職の職員の給与に関する法律に定める税務職俸給表にしたがい該当する等級・号俸による給与を支給されていること、同法一九条の三に定める基準と割合に応じて期末手当を支給されていること、通常は同法一九条の四の定める基準と最高限度の割合に応じて勤勉手当が支給されていることは当裁判所に顕著な事実である。昭和五一年一月一日に、同期の職員の給与が四等級一二号俸から三等級八号俸に、原告の給与が四等級一一号俸から三等級七号俸に、それぞれ昇給したことを認めるに足る証拠はない。よつて昭和四六年以降同期の職員は毎年一〇月一日に原告は翌年四月一日に、それぞれ一号俸づつ四等級最高号俸に至るまで昇給した後三等級中四等級最高号俸の額を下らない号俸に昇給し、以後一号俸ずつ従前どおり昇給するものとし、期末手当および勤勉手当については法律の定める割合に応じて支給されるところ、六月支給分については原告昇給後であるため差額がないからこれを除くこととし、過去の差額分は各年度において適用された法律による額および割合により、将来の差額分については現行法の額及び割合により、原告が慣例退職年限である五八歳となる昭和六九年三月三一日までの各年の差額につき複式ホフマン方式により現価を算出して右を合計し、昭和四六年の減給および勤勉手当カツト分を加算すれば原告の逸失利益は別紙計算書のとおり一〇一万三、七二四円である。

3  前顕甲第五号証の一ないし九、第九号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は、事故後昭和四六年五月一六日までおよび同年八月三一日から九月八日まで入院、同四七年一月頃まで通院していたことが認められる。原告の前叙の如き傷害、右の治療状況等の事情を総合すれば慰藉料として一〇〇万円を認めるのが相当である。

4  以上合計二八八万八、九七六円である。

四  そこで被告の抗弁につき検討する。

1  成立に争いのない乙第一、二号証、証人水谷忠雄の証言、原被告両本人尋問の結果を総合すると以下の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は幅員一一・五メートルの車道に歩道のついた道路(本件道路という)と、幅員五・五メートルの道路(交差道路という)との交差点(本件交差点という)であり、本件交差点から東約二〇メートルには信号と横断歩道のある大きな交差点(直近交差点という)がある。直近交差点の南北方向西寄の横断歩道は直近交差点より少し西寄り、本件交差点の東約一七メートルの辺に設置されている。

(二)  原告と被告との衝突地点は、本件交差点のほぼ中央より約一メートル南であつて、原告は被告車両の中央より右寄りの前面に衝突したものである。

(三)  原告は交差道路を北から南に向つて歩き、本件交差点から二~三メートル北の付近で直近交差点の東西方向の信号が青から黄色になるのを見て、右方向(西から東)から来たライトバンをやりすごした後、信号を確かめることなく横断を開始して道路中央まで歩み、そこではじめて左方向(東から西)を見たところ被告車が進行してくるのを認めたが、そのまま走つて渡ろうとした。前記(二)衝突地点からすると原告が被告車を発見した時には被告車はかなり本件交差点に近づいている地点にあつたと認められる。

(四)  被告は直近交差点の進行方向の信号が青であるときに同交差点に進入し衝突地点より約八メートル手前で道路中央にいる原告を発見した。本件事故当時は雨あがりで路面は湿つていたから、スリツプ痕の長さからすると被告車は時速四〇キロメートルで走行していたことが認められる。なお、被告の対向車線が渋滞していたとの本人尋問の結果は、事故直後の写真である乙第一号証添付の写真、証人水谷忠雄の証言および前記直近交差点の信号状況に照らし容易に措信し難い。

(五)  本件交差点は直近交差点からわずか二〇メートルしか離れておらずしかも交差道路は幅員五・五メートルではあるが、交差道路部分には本件道路の歩道部分はなく、見通しを妨げる障害物は無いのであるから本件交差点を西進通過しようとする自動車の運転者にとつて、その南側に交差する道路が存在することを認識することは可能である。また、直近交差点と本件交差点との間の北側には、岐阜北税務署の建物が本件道路からかなり北寄りに建てられ、右建物の南は駐車場となつているので、直近交差点付近からも本件道路の北に交差道路の存在することを認識することは可能である(乙第二号証添付写真〈12〉参照)。

2  以上の事実によれば、被告としては直近交差点を通過した後も漫然進行することなく、注意さえしておれば交差道路および本件交差点に気づくことができた筈であり、また前記のように原告の横断直前にライトバンが通過したことによつて原告を認識することが多少妨げられたことがあつたにしても、本件道路の片側は三車線程度の幅があつたのであるから原告をもつと早期に発見し得たものと認められる。被告が右注意義務を十分に尽したと認めるに足る証拠はなく、よつて被告の免責の抗弁は理由がない。

3  しかしながら、原告としても、本件交差点を横断することが許されないとまではいえないとしても、わずか約一七メートル東に信号機のある横断歩道があるのであるから右横断歩道を横断することが望ましい。そして本件交差点を横断するに際しては、第一に直近に信号機のある大きな交差点があること、第二に本件交差点には横断歩道がないこと、第三に横断しようとする本件道路は交差道路の二倍以上の幅員があること等の情況から道路を横断するにあたつての注意義務の内容は加重され、直近交差点の信号および横断しようとする道路上の自動車の進行状況を確かめ、よく安全を確認しなければならないというべきである。しかるに、前記認定のとおり、原告は横断に際し直近交差点の信号を確めることも、被告車の進行方向である東から西への車両の走行状態を確認することなく道路中央まで歩み出て、そこではじめて左方を見たというのであるから安全確認義務違反のあることは明らかである。しかも、原告が道路中央まで来たときには被告車はかなり近づいていたのであるから被告車の通過をまつて横断し本件事故を回避することもできたはずである。したがつて原告にも過失が存在するといわねばならない。

4  以上のとおり本件事故は原告、被告の過失が競合して惹起されたものであるが、その割合は以上認定の諸事情を考慮し被告が七割原告が三割と認めるのが相当である。よつて、三割の過失相殺をすると、原告の損害は二〇二万二、二八三円となる。

5  原告が自動車損害賠償保険から五〇万円の支払をうけ損害を填補されたことは当事者間に争いがない。したがつて原告の損害賠償債権額は一五二万二、二八三円である。

五  弁護士費用として右債権額の約一割に該当する一五万円を認めることができる。

六  よつて、原告の本訴請求のうち、一六七万二、二八三円およびこれに対する不法行為の日である昭和四五年一一月七日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 至勢忠一 熊田士朗 糸井喜代子)

計算書

〈省略〉

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